本誌には載らない「イモヅル」裏話です。
1.「イモヅル」のはじまり
「イモヅル」の創刊は2016年4月。きっかけは、東京・目黒にあるZINE専門店「MOUNT ZINE」のZINEスクールに参加したことだった。
ZINEとは、個人制作の小冊子のことで、「リトルプレス」や「ミニコミ」とだいたい同じ意味で使われる。ジャンルも形も自由で、写真やイラスト中心のアート性の高いものから、詩や紀行文などの読みものまでいろいろだ。いわゆる商業出版物ではないが、最近は書店や雑貨店でもよく販売されている。
そのスクールは、他の参加者と一緒に講習を受け、構成、デザイン、ラフ作成と少しずつステップを上がり、2か月くらいで各自オリジナルのZINEを完成させる、というものだ。完成したZINEは、MOUNT ZINEの店頭で一定期間販売してもらえる。
まずは、どんなZINEを作るのか、企画を立てなければならない。文章中心の読みものにすることだけは決まっていたが、何をテーマに書けばいいだろうか。そう考えたとき、以前から頭の端に何となく転がっていた「サツマイモ」がゴロリと前に出てきた。
二十歳くらいまで自覚がなかったが、サツマイモがかなり好きである。スーパーで惣菜を買うとき大学芋があれば必ずカゴに入れるし、家でも蒸かしたり焼いたりして食べるし、冬は干し芋を備蓄する。ビュッフェでサツマイモの入った料理があったら芋だけ全部取る。「てんや」に行ったら野菜天丼にサツマイモ天を2個トッピングする。かつてはそんな風に食べることだけに情熱を注いでいたが、次第に、もっと掘り下げて調べたり、何かを書いたりしてみたくなった。
そういうことを考え始めてから、目立った成果もないまま2年以上が過ぎ、あたふたしていたところでZINEスクールのことを知り、すぐさま申し込んだ。ZINEのテーマとしてはあまりにニッチというか、誰がそんなもの読むのか、という気がしたし、具体的な構想さえなかったけれど、スクールの初回の自己紹介で「サツマイモのZINEを作ろうと思っています」と話すと、周りが軽くザワついた。これはいけるかもしれない、と思った。
2.タイトルのこと
テーマが決まったら次はタイトルだ。が、これはわりとあっさり決まった。というのも、先に書いた通り、サツマイモについて何か書きたい、というのは前から考えていたことで、その中で「サツマイモのツル」というモチーフも、頭のどこかにあったからだ。地上から地中へと養分をつなぐ、地味で堅気な存在感に、惹かれるものがあったのかもしれない。「甘藷の蔓」というタイトルの詩を書いたこともあった。
とはいえ「甘藷の蔓」ではZINEのタイトルには硬すぎる。もっとシンプルで、やわらかくて、覚えやすいものがいい。ならばもうそのまま「イモヅル」だ。ひらがなで「いもづる」だと真面目すぎる。カタカナのほうが「抜け」があって、ちょっとバカっぽくていい。そのようなわけで「イモヅル」に決まった。
ありがたかったのは、タイトルが決まったことで、中身もそれに引っ張られていったことだ。
イモヅルは文字通りサツマイモのツルであり、サツマイモの生育に欠かせないものではあっても「サツマイモ本体」ではない。このZINEもその通りにすればいいのだ。つまり、サツマイモそのものというより、その「まわり」や「背後」にあるものに焦点を当てる。サツマイモを育てる人や土壌、サツマイモをめぐる歴史、文学の中に書かれたサツマイモ……そのようなものだ。
このタイトルが本そのもののコンセプトとなって、企画を立てるうえでの指針になってくれるので、非常にやりやすい。自分で決めておいて何だが「イモヅル」には感謝している。
3.表紙のこと
タイトルは簡単に決まったものの、表紙はそうはいかなかった。
最初に考えていたのは、いわゆるプロレタリアートのポスターのようなデザインだ。ゴツゴツした、陰影の強い筆で描かれたタイトルロゴと、サツマイモのツルを引き上げる農夫のイラスト。徳永直『太陽のない街』の表紙のようなイメージだ。と、ここまで具体的に浮かんではいるものの、そもそもイラストも描けないしデザイン力もない。プロに描いてもらう予算もない。この案は早々にあきらめた。
次に考えたのは、線や円などのシンプルな図形だけで「イモヅル」を表したデザインだ。これなら自分でも頑張ればできるかもしれない、とラフを描いてみたものの、あまりのひどさにすぐ筆を投げた。デザインというものを甘く見ていた。
そうなるともう、文字しかない。文字のみで極限までシンプルにしつつ、せめてものデザイン的な要素として「ハンコ」が思い浮かんだ。そう、サツマイモといえば「いも判」だ。
インストールしたばかりのIllustratorであぶなっかしくデザインをしてみる。形はできたものの、「イモヅル」の文字が既成フォントであるせいか、シンプルすぎて物足りない。そこで「イモヅル」の文字を印刷してトレーシングペーパーの上からなぞり、もとの文字よりも「はらい」の部分を伸ばしたり、線をちょっとガタガタさせたりして、オリジナル文字を作った。それをスキャンして枠の中に配置し、さらにその上に「イモヅル」の英訳である「Sweet Potato Vine」の文字を乗せ、ようやく表紙が完成した。
その手間のおかげかはわからないが、ありがたいことに表紙の評判はいい。すぐに覚えてもらえるし、ある意味「悪目立ち」するのか、イベントなどで売っていると、遠くから表紙を見て「イモヅル……」となんとなく読み上げている人をたまに目にする。作った側からすれば、積極的にこのデザインにしたというより、できないことを排していったらこうなった、というだけなのだが、むしろそれによって「我」が抜け落ちたのがよかったのかもしれない。
とはいえ、プロレタリアート風の表紙も完全にあきらめたわけではない。いずれそういう作風のデザイナー氏とのご縁もあるやもしれぬと、耽々と機会をうかがっている。